日本神話における猿田彦神
猿田彦神は、ニニギの天降りを先導した後、伊勢の五十鈴川の川上に鎮座しました。『倭姫命世記』によると、その子孫である大田命は、天照大神を祀る地として倭姫命に五十鈴川川上の地を献上しました。
大田命の子孫は宇治土公(うじのつちぎみ)と称し、神宮に玉串大内人として代々奉職しました。彼らが邸宅内の屋敷神として祖神の猿田彦を祀っていたものが、明治時代に神社として改められたのが猿田彦神社です。
本殿の特徴
本殿は「さだひこ造り」と呼ばれる特殊な妻入造で、欄干や鳥居には八角形の柱が使用されています。
佐瑠女神社
境内には、天降りの際に猿田彦神と応対した天宇受売命を祀る佐瑠女神社(さるめじんじゃ)が、本殿に向かい合うように建てられています。佐瑠女神社は芸能の神として信仰されています。
神棚での祀り方
神棚において、猿田彦大神の御札は、天照皇大神宮の御札より手前(少しずらして先導役をする)に祀る習わしになっています。これは、道を切り開く意味を持つためです。
御祭神
猿田彦大神:天孫降臨を導いたとされる神様で、道開き・交通安全・方位除けの神として信仰されています。
大田命:猿田彦大神の子孫で、倭姫命に五十鈴川川上の地を献上したとされます。